東京オリンピック1964の経済効果はどれ位あった?日本の近代化の歴史!

    こんにちは!2020年再び東京でオリンピックが開催されることで日本全体が盛り上がっていますね!ところであなたは1964年開催の東京オリンピックについて知っていますか?

    NHKのドラマ「ひよっこ」でも取り上げられる1964年の日本。終戦から一気に成長する、怒涛の時代ですね。

    そんな、当時の大きな出来事と言えば【東京オリンピック】です。映画などでも描かれる、日本の歴史に残るイベントですね。

    しかし、53年も前の事なので知らない人の方が多いと思います。

    そこで、今回は東京オリンピック1964について紹介していきます!

    日本にどんな経済効果をもたらした?

    当時の日本はまだ、今と違って戦争の影響もあり貧しい国でした。

    しかし、このオリンピックの開催をきっかけに、日本は急激に成長し今に至ります。

    2020年のオリンピックも、東京の再開発なども始まり、新たな施設の建設など経済効果が取り上げられていますよね。

    今でも、かなり影響がありますが、当時はどのような規模だったのか気になりますよね?

    そこで、当時のオリンピックをきっかけに、変わったモノを紹介していこうと思います!

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    オリンピックに合わせて建設・開業した施設

    では、オリンピックに合わせて誕生した施設などを紹介していきます!

    えっ?これって、その頃にできたの!

    なんて、驚きもありますよ(笑)

    競技施設など

    • 国立競技場
    • 日本武道館
    • 駒沢オリンピック公園
    • 岸記念体育館
    • 織田フィールド  etc

    公共交通機関

    • 東海道新幹線
    • 東京モノレール
    • 首都高速、名神高速道路の整備
    • 環七通り、六本木通り拡張

    宿泊施設

    • ホテルニューオータニ
    • ホテルオークラ
    • 東京ヒルトンホテル
    • 東京プリンスホテル
    • コープオリンピア

    以上のように、オリンピックに向けて大規模なインフラが整備されました。これだけ各地で建設が行われれば雇用も増えます。

    戦後、仕事がなく困っていた人々にはものすごくありがたかったはずです。

    雇用も安定し、人々が汗水垂らして建設したものが、現在の交通基盤の基礎となりました。

    1964年の東京オリンピックでの総事業費は1兆円を超え、“1兆オリンピック”などとも言われました。

    ちなみに現在の価値に換算するとおよそ30兆円が注ぎ込まれたことになります。想像できない金額ですよね(笑)

    建築業軸にあらゆる業界が潤う結果となりました。

    オリンピックを機に変わった物は?

    実はこのオリンピックは、日本を含めたアジア圏で初めて行われたオリンピックなのです。それまではヨーロッパ・アメリカでしか開催されていませんでした。

    1940年に日本で開催される予定でしたが中止になっていました。

    これまで欧米での開催でしたが、有色人種国家では史上初の開催でした。その後のソウル大会、北京大会へと続くきかっけとなりました。

    この大会の意味合いは非常に大きく、第二次世界大戦で敗戦した日本が国際社会の中心へと復帰する大きな大きな一歩となりました。

    更に、現代の日本製品が世界で認められる様になったのも、この頃になります。

    お馴染みの商品が、この頃を境に世界に実力を見せつけています。

    日本時計の躍進


    出典:http://www.seiko.co.jp/

    今ではお馴染みの時計メーカー・SEIKO。主要スポーツなどの公式時計としてロレックス、オメガなどと並び、テレビ画面や会場で目にすることは多いと思います。

    実はこの東京オリンピック1964で初めて公式時計として採用されました。この時SEIKOは電子時計を導入し、大会史上初めてトラブル無しで大会を終えることに成功しました!

    これにより正確さと信頼性を世界に知らしめることができました。

    これが、きっかけなのか学校や公共機関などの時計ってSEIKOが多いですよね。

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    開催前と後の違いは?

    では、オリンピックをきっかけに日本はどのように変化したのか?ここをもう少し掘り下げてみましょう!

    開催前と開催後には、どのように生活が変わったのか紹介します!

    開催前

    開催前の日本は高度成長期に入ったとはいえ、まだまだ敗戦国という暗い影がありました。

    それに世界でも“日本製は粗悪品”という、今の私たちでは考えられない時代でした。

    この東京オリンピック1964では、敗戦から19年という驚異的なスピードで日本が国際舞台に返り咲いたという印象が非常に強いです。

    オリンピック開催前は、戦争の傷もあり国自体が元気が無かった感じでしたね。

    しかし、これがオリンピックを機に豹変しました。

    開催後

    テレビ普及により“情報の高速化”が進みました。

    この東京オリンピック1964は『テレビ・オリンピック』とも言われており、テレビ中継技術が飛躍した大会です。カラー映像技術の向上もこの頃です。

    カラー映像技術は向上しましたが、とてつもなく高価だったカラーテレビの普及率は1966年くらいまで1%未満だったそうです。

    カラーでなくてもオリンピックを見たい!』という需要が高まり、テレビ普及に大きく繋がりました。


    出典:http://miss-maple.jugem.jp

    映画【ALWAYS 三丁目の夕日】を見たことあれば、わかると思いますが、テレビの普及によって街にも活気があふれていた事が分かると思います。

    オリンピックがあったからこそ、テレビの普及率も爆発的に上がったと言っても、過言ではないでしょうね!

    この時、アメリカ占領下だった沖縄でも『せめて同じ映像を同じ時間で見たいです』という沖縄の要望に応えて、オリンピック開催直前に沖縄でもテレビが見れるようになりました。

    このオリンピックがきかっけで、沖縄県民の日本人意識がさらに高まったとも言えます。(1972年沖縄返還)

    最後に

    いかがでしたか?前回大会の東京オリンピックは耳にはするけど、なかなかピンと来ないことが多かったのではないでしょうか!

    この東京オリンピック1964は間違いなく、『敗戦国・日本の再建』、『現在の日本の基礎』を作った言っても過言ではないです。

    これを機会に1964年に建設された施設などを訪れてみて半世紀前の当時の日本人の熱い想い感じてみるのも、またいいかもしれませんね!

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